結局久しぶりの実家ではゆっくり過ごすわけでもなく、自分の実家の秘密をゲームをプレイしている時よりも詳細に聞いたベルティアはただただ胸がざわついていた。
また半日かけて王都に戻ったのだが、気分転換でもしようと街で馬車を降りたベルティアは人で賑わう街中をぼーっとしながら歩いていると誰かにぶつかり、持っていた荷物からバラバラと本が散らばった。
「すみません、大丈夫ですか? って……」
「えっ、ら、ライナス殿下?」「ベルティア、奇遇だな。ぶつかって申し訳ない」「いえ、俺のほうこそ……ぼーっとしていたので、すみませんでした」学園で会う時とは違い私服姿のライナスが目を丸くしながら本を拾ってくれたのだが、ベルティアはまさかこんなところで会うなんてと小さくため息が漏れた。たまたま会ったのがノアじゃなかったのを幸運だと思うべきか、ライナスの頭上に表示されている好感度の数値をちらりと見やる。
《ライナス・ムーングレイ 好感度:40%》
最後に会った時は確か47%だった。そこから会わないうちに7%下がっているのはいいことだが、先日ジェイドがライナスから小言を言われたと聞いたので今はあまり会いたくない人物だった。
ライナスはそもそもベルティアにあまり興味がないけれど、ノアが荒れている原因なので何か嫌味を言われるかもしれない。今のベルティアはとてもじゃないがそんな嫌味を聞くような精神ではないのだ。
「あの、もし時間があればちょっと話したいことがあるんだけど……」
「……もちろんいいですよ」王族からの申し出を断ることはできないので了承すると、人通りの少ない路地裏に面しているカフェに連れ込まれた。これは見ようによっては密会しているように見えるのでは?と心配したけれど、ライナスの側近や騎士たちもいるので大事にはならないだろう。勘違いした暇な貴族令息や令嬢たちに見られていなければ、の話だが。
「ベルティア。その……最近大丈夫か?」
「「そういえば、パーシヴァル殿下とのことは本当なのか?」 ちょうどティーセットが運ばれてきたタイミングでライナスが質問を投げかける。ベルティアが「本当なのかと申しますと……?」と首を捻ると、ライナスはお茶を一口飲んで苦い顔をした。もちろん紅茶が苦かったわけではなく、分かっていないベルティアに対してそんな顔をしたのだ。「あー…言い方は良くないけど、ベルティアが兄上から乗り換えた、みたいな話が」「ライナス殿下は信じている、ということですね」「違う違う、違うって! 兄上を散々振ってるベルティアが隣国の王太子とって、あり得ないと思ってる。大方、兄上を諦めさせるための恋人のフリとかだろ?」「殿下とはまともに会話ができるので嬉しいです、本当に」「はは……」 ベルティアも紅茶を一口こくりと嚥下する。果実とバニラの甘さが際立つフレーバーティーで、すっきりと飲みやすい紅茶だった。紅茶と一緒に出されたパウンドケーキもしっとりとした味わいで文句なしに美味しい。さすが王族御用達の店と言ったところだろうか。「それで、その成果は出てるのか? 出てないように思えるけど」「……婚約の書状が届いたんですから、成果は出ていないと言っていいかと」「ははっ、そうだよな。兄上は本当にしつこいから」「俺には何も魅力はないのに、どうしてこうも……いっそのこと俺が婚約でもしたら諦めがつきますかね」「いやぁ、どうだろう。兄上は多分、相手を殺すかもな」「……意外と想像できるのでやめてください」 前世のベルティアがゲームをプレイしているときはエンディングを見るまで、ノアや他の攻略対象者たちが闇落ちする片鱗は見えなかった。でも今の時点で思うのは、全員何かしらの事情があってベルティアに惹かれ、近づいているということに間違いはない。 今のところライナスだけはその片鱗を見せていないが、彼もどうせベルティアと結ばれたら狂うムーングレイ王家の一人。
結局久しぶりの実家ではゆっくり過ごすわけでもなく、自分の実家の秘密をゲームをプレイしている時よりも詳細に聞いたベルティアはただただ胸がざわついていた。 また半日かけて王都に戻ったのだが、気分転換でもしようと街で馬車を降りたベルティアは人で賑わう街中をぼーっとしながら歩いていると誰かにぶつかり、持っていた荷物からバラバラと本が散らばった。「すみません、大丈夫ですか? って……」「えっ、ら、ライナス殿下?」「ベルティア、奇遇だな。ぶつかって申し訳ない」「いえ、俺のほうこそ……ぼーっとしていたので、すみませんでした」 学園で会う時とは違い私服姿のライナスが目を丸くしながら本を拾ってくれたのだが、ベルティアはまさかこんなところで会うなんてと小さくため息が漏れた。たまたま会ったのがノアじゃなかったのを幸運だと思うべきか、ライナスの頭上に表示されている好感度の数値をちらりと見やる。 《ライナス・ムーングレイ 好感度:40%》 最後に会った時は確か47%だった。そこから会わないうちに7%下がっているのはいいことだが、先日ジェイドがライナスから小言を言われたと聞いたので今はあまり会いたくない人物だった。 ライナスはそもそもベルティアにあまり興味がないけれど、ノアが荒れている原因なので何か嫌味を言われるかもしれない。今のベルティアはとてもじゃないがそんな嫌味を聞くような精神ではないのだ。「あの、もし時間があればちょっと話したいことがあるんだけど……」「……もちろんいいですよ」 王族からの申し出を断ることはできないので了承すると、人通りの少ない路地裏に面しているカフェに連れ込まれた。これは見ようによっては密会しているように見えるのでは?と心配したけれど、ライナスの側近や騎士たちもいるので大事にはならないだろう。勘違いした暇な貴族令息や令嬢たちに見られていなければ、の話だが。「ベルティア。その……最近大丈夫か?」「
「そう、それでね、殿下とのことなんだけれど……」 ルシアナが話してくれたベルティアとレイク家の秘密だが、結局は呪いのことがあるからノアとのことは諦めてほしい、という話だろう。聞き慣れた言葉だと思っていたのだが、ルシアナは「もしかしたらノア殿下もあなたと同じかもしれないわ」と言うものだから、ベルティアは更に混乱した。「え、どういうこと? 俺と同じって……殿下はルーファス殿下の生まれ変わりだっていう意味ですか?」「ええ。あなたと殿下が泉で出会ったのを覚えてる?」「はい。あの、森の中にある……いつもお祈りしていた泉ですよね」「そうよ。あの泉はね、アウラがルーファス殿下と出会った場所で、彼女が亡くなるまで大切にしていた泉なのよ」 幼い頃のベルティアが毎日足を運んでいた、実家の近くにある綺麗な泉。森の中にぽつんと佇んでいて、小鳥のさえずりしか聞こえてこないような静かな場所だ。確かにベルティアとノアはその泉の前で出会い、ノアはベルティアに一目惚れをした。「あの泉には、アウラの魔力が残っているの。あなたが生まれる前夜、あの泉が光を放ったあと血のように濁った。そして声が聞こえてきて、今度生まれてくる子は私の生まれ変わりだと言っていた……それで生まれたのがベルティア、あなたよ。私たちも信じられなかったけど……」「俺がその魔女の生まれ変わりだとしても、ノア殿下がそうだとは限りません。そうですよね?」「ええ。泉はあなたのことしか話さなかったから……でも、あの泉の前であなたたちが出会った時に嫌な予感がした。どうにかして引き離そうとしてもできなかったの。そして、この箱に入っている手紙は全て、ノア殿下から婚約を懇願してきたものよ。これだけ強くあなたのことを求めている殿下も、もしかしたら生まれ変わりなのかもしれないと思ったわ」 国王の署名がある手紙はここ最近送られてきたものらしいが、箱に詰まっている手紙は何年も前からノアがレイク家に送ってきたものらしい。中には
祖母から連絡をもらい、ベルティアは久しぶりに実家へ帰省していた。ベルティアの実家は王都からかなり離れた田舎にあるので、たどり着くまでに半日はかかる。馬車に揺られながら本を読んだり眠ったりしていると、いつの間にか実家の前に馬車が止まっていた。「ベルティア、よく帰ってきましたね」「おばあ様もお元気そうで何よりです」「帰ってきたばかりだけれど、そう長くもいられないでしょう。手紙に書いた話をしてもいいかしら?」「はい。その話を聞くために帰ってきましたから」「あなた、なんだか……いえ、なんでもないわ。こちらにいらっしゃい」 実家に着いて早々、ルシアナの部屋に連れて行かれた。その道中で会った父のエリファス・レイクと母のクラリス・レイクが「おかりなさい」と声をかけてくれたが、二人とも神妙な顔つきをしていて胸がざわついた。何を話されるか大体の見当はついていても、どうやら不安というものは押し寄せてくるらしい。「あなたを呼び戻したのは他でもありません。ノア殿下のことです」「ノア殿下のこと、ですか?」「ええ。心当たりは?」「心当たりって言われても……」 もしかして、最近の無礼な態度のことを報告されたのだろうか。ノアは相当怒っていると思うのであり得ることだし、側近のレオナルドが報告した可能性もある。最近の態度について窘められるのかと思っていたけれど、ルシアナはテーブルの上にスッと一通の手紙がベルティアに差し出され、手紙が何通も入った箱を置いた。「ノア殿下から、正式に婚約の申し出がありました」「……え?」「あなたが王立学園に入学してからずっと婚約を許可してほしいという手紙がきていましたが、今回は国王陛下の署名付きです。簡単に言うと、あなたと殿下の婚約が国王陛下に認められた、ということになりますね」「ちょ、ちょっと待ってください! 何の話だかさっぱり……!」 ルシアナが差し出した手紙に齧り付くと、そこには確かにノアの筆跡と名前でベルティ
「お前、ノア殿下に何しでかした?」 温室での一件からしばらくして、寮の食堂で鉢合わせたジェイドから苦言を呈された。ベルティアはちらりとジェイドを一瞥し「別に、何も」と短く言ったけれど、彼はため息をついて頭を横に振った。「そんな言い訳、信じられるわけないだろ。最近パーシヴァル殿下と一緒にいるのが関係してるとか?」 《ジェイド・ベドガー 好感度:54%》 最後にきちんと好感度を確認した時から、ジェイドの好感度は10%下がっている。それでも今のところ、セナ以外の攻略対象者の中で一番数値が高いのがジェイドになるなんて思ってもいなかった。温室の一件からノアを何度か見かけたが彼の数値は50%から変動はなく、ベルティアは密かに焦りを覚えているところだ。「そもそも、俺が殿下に何かしたとして、ジェイドには関係ないじゃん」「それはそうなんだけど……ライナス殿下が、王宮でもノア殿下が荒れてるって言ってたからさぁ。ベルティアに何があったのか聞いてくれって頼まれたんだよ」「ノア殿下と関わらないことにした、それだけ」「関わらないことにしたって、何でいきなり?」「何でって……関わるなって言ってたのは周りのほうなのによく言うよ」「俺はそんな、責めるつもりじゃ……ただ変だなと思っただけで……」 ベルティアはこれまで『男爵家の人間が王太子に近づくなんて身の程を知れ』と言われてきたものだ。ノアの側近であるレオナルドや学園に通う貴族、幼馴染のジェイドでさえもノアと仲がいいのはいかがなものか、と昔から言っていた。 もちろん感情に任せて動いていた幼い自分も悪かったと思っているけれど、ここ数年はノアを突き放すような態度を取っているのに、諦めが悪いのはあちらのほうだ。それなのにベルティアだけが悪いと言うような周りの言葉や態度には納得していなかったし、そうやってベルティアを責めてきた人間が今更なにを言っているのか。 やっと身の程を弁えたんだな、と褒めてくれてもいいのに。そう思いながらベル
「し、失礼しました! お邪魔して本当に申し訳ありません! い、行きましょう、殿下……!」 セナが慌てて頭を下げて温室を出て行こうとするが、ノアはベルティアとパーシヴァルを見つめたまま動かない。まるで本当に口付けをしたかのようにパーシヴァルがベルティアの唇を親指で拭うと、彼は拳を握りしめてギリっと歯を食いしばる。ノアは『殺してやる』とでも言うような顔をしていて、そんな表情にベルティアは背筋が凍りつくのが分かった。「ベルティア・レイク」 冷たく、低い声が響き渡る。まるで冬の日に凍りついた水の中に落ちたかと思うほど、ノアの声は失望や怒りを含んでいた。そして彼の凍てつく態度に、ベルティアだけではなくセナやパーシヴァルもごくりと唾を飲み込んだ。「来なさい、話がある」 完全に怒っている。ノアの言うことを聞く義理なんてないと思ったけれど、有無を言わせぬ『王の資質』が彼に逆らうことを拒否させた。 ――ああ、もう。こっちが頑張ってるんだから、少しくらい察してくれよ。 心の中でそんな悪態をついてみたけれど、もちろんノアには伝わっていない。今にも飛びかかってきそうな狼のような顔をしたままベルティアをじっと見つめていて、仕方なく一歩踏み出そうとしたところをパーシヴァルが優しく制止した。「ベルティアは僕と先約がありまして……それでもですか? ノア殿」「……貴殿に話はありません。俺はベルティアと話があります」「それでも、そんなに獣のようなアルファの威圧感を出されると、ベルティアも萎縮してしまいます」「たったこれだけで萎縮するような小さき心臓の持ち主であるなら、俺の前であんなことはできないだろう」「だからと言って、」「パーシヴァル殿。これは幼馴染である俺とベルティアの問題なので、口を挟まないでいただけると有難い」 とてつもなく怒っている今のノアに何を言っても無駄なのは、この国の中でベルティアが一番知っている。主人公であるセナを放置して大事なイベントを台無しにしてしまったのは申し訳